先週書いた「表現」の話の続き。
人間は表現によって、関係をつくる。関係が機能しはじめたとき、「心が自律的に動く」体験をすることになる、というような話を前回書いた。
で、関係といえば、という話なのだが、哲学や宗教の分野では、「関係性」あるいは「関係規定性」というのがもっとも重要な術語として、あるいはものの見方としてあるのではないかと思う。
俺なりにこの概念を解説すると、例えば言語における関係性を考えてみる。すると、言語におけるどの要素(アルファベットのような文字、単語、文、文法的な要素・・)をとってみても、個々の要素の意味や機能は「全体」との関係によって決定されている、というような話である。
宗教では、仏教の根本的な教義の一つに「縁起」というものがあるが、これは万物が関係性のもとに、仮に我々の前に姿を現したものとして捉える考え方である。
すべてのものが、いちいち意識では把握できないくらいに深く絡み合い、連関しており、そのような連関が、例えば下駄の鼻緒が切れたとき、身内の誰かに不幸が起こるというような、原因・結果の系列において論じたらアホかと思われるような、それでいて深い意味的連関を持った、同時発生的にパッと起こるというような偶然において我々の前に姿を現すことがある。この連関を「真理」であると断言しているのが仏教やと思いますが、ちなみに俺はまだそこまでわかったとは思えていません。
さて、
この関係性について、松井孝典さんという、複雑理工学、地球惑星科学専攻の自然科学者がおもしろいことを言ってます、関係性というのは定義できないという話を言っています、という話を先日受けた講義で心理の先生が言ってはって、気になったので、岩波新書の本で松井孝典さんの主張を読んでみた。
ちなみに心理の話では、関係性については云々できないから、私は関係を取り上げるのです、というようなニュアンスで話が進んでいた。
松井氏の著書によると、「関係性」というのは、「システム」という全体を構成する要素間の相互作用のこと。そして、関係性の起源ついて、さらに次のように述べています。
松井孝典『宇宙人としての生き方』(岩波新書)より。
「では、その関係性はどうやって生み出されるのか。その内部、あるいは外部に駆動力があり、それによって物・エネルギーが動くことで関係性が生まれます。例えば機械では、いくつかの歯車が組み合わさって力が伝わり、互いの関係性が生まれ、機械として作動します。地球の場合には、大気とか海といった構成要素があり、例えば太陽からのエネルギーで暖められた海から水が蒸発し、その水蒸気が大気中で再び凝縮し、雨になって海に降るといった、物の出入りが互いの関係性になっています」
地球をシステムとして捉える場合、松井氏が「駆動力」として特定しているのは、太陽のエネルギーと、地球の内部から外部に向かってのエネルギーの流れの二つ(地球は中心ほど熱い)。地球システムの構成要素として特定するのは、一番外側から、磁気圏、プラズマ圏、大気圏、人間圏、生物圏、大陸地殻、海洋、海洋地殻、マントル、コア、などがありますが、システムを考察する際の構成要素は、「性質の異なる複数の構成要素で全体が記述できれば何でもよいわけですが」とあります。
この本には、地球が一つのシステムとして機能している例がたくさん出てきて、門外漢の自分にもすごく興味深かったです。そして、このような地球システムにおける構成要素の一つとして人間を考えようというのがこの本の話の趣旨でしたが、今俺が考えているのは、ここまで壮大な話ではありません。
例えば家族を、会社を、学校を、あるいは友人関係を一つのシステムとして捉えた場合、そのシステムがうまく機能するのは、あるいは全くうまく機能しない場合とはどういうときなのか、という話です。
あるいは、ある特定のシステムの要素として自分を捉えた場合、自分はこれからどうすべきかということです。
こういったことを考えるのに、自然科学のメタファーで人間を捉えるのも、非常に有益に思えます。
人間関係を機能させる「駆動力」って何なのだろう、とか。
人間関係の外に太陽の熱エネルギーがあり、人間関係の内に、中心部から顕在化するのを待っている熱エネルギーがある。このように言うのはいわゆる比喩ですが、何か重大な真理を含んでいるように思えませんか?
・・というようなことを、今なおごちゃごちゃと考えています。
2008年07月07日
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