以前にも書いた、某学者さんの、今から約50年前のアメリカ留学の体験の話に、次のようなものがありました。UCLAのソーシャルダンスのクラスでの教え方についてです。
「日本人がダンスを教えるいうたら、足の型を書いて『スロー、スロー』とかやるでしょう。それをしないんですね。ただ、みんなを音楽に合わせて歩かせるんですよ。どんどん歩いているうちに、ちょっと足をちゃっちゃと変えたりなんかしてね。
それで、いちばん初めに教えるのがチャチャチャなんです。ワン・ツー・チャチャチャでしょう、『そう、もうできているじゃないか、おまえは』というわけですよ。そういうふうにしてどんどん教えていく。『ああ、やっぱりうまいなあ』と思いました。楽しく楽しく、自由に自由に、それでちゃんと教えていくんですからね。」(河合隼雄『未来への記憶』)
ところで昨晩、音楽番組のライブ映像に感銘を受けて、次のような記事をmixiの方に書いたわけです。
**********
MTVというケーブルテレビの音楽番組で、今、イベントライブを見ている。
日本人アーティストは、1人だと妙にパッとしないというか、ギクシャクしていて窮屈な感じがするが、3人以上くらいの集団で「合わせて」やると急に生き生きして面白く、しっくり来る感じが出て来る。
一方で欧米人のアーティストは、1人でパフォーマンスをしていても、めちゃめちゃ格好良く、自由で、動きにキレがあるが、だからといって3人以上の集団で動いていても、全体ではキレイにまとまる。
日本言うたかて、十分欧米化したんちゃうかと漠然と思っていたが、普段見ない音楽番組を目にするだけでも、こういった違いが明らかに目に入って来るのは不思議だと思いました。
ちなみに俺は完全に欧米ばんざいとか思っているタチですが(読む本はたいてい欧米人著者)、普段のものの「考え方」とか、ライブ映像などで端的に見て取れるような「動き」とか「呼吸の合わせ方」のような部分では、やはりどう逆立ちしても日本人っぽいのだろうなとふと思った。
日本人で無理に個性を追求してしまうと、黒人歌手のステージに上がって、喜々として浮いた踊りをしてはったファンの人達のように、1人でも集団でも機能できないようになってしまうのではないか、それならむしろ個は捨てて、集団の中で機能できる道を取る方が良いのではないかと思ってしまった。
言うても、俺自身は空気を読めない方なので、今更3人の方に向かうのもきついなとも思います。
うーん。
**********
で、ここで取り上げたい話の趣旨は、
1、日本人アーティストは、あくまで欧米人と比較した上でという話だけれど、一人で舞台にいると動きが固くてぱっとしない。
2、黒人アーティストのステージに日本人の観客が数人上げてもらって一緒に踊っていたとき、もの凄く違和感があった
という2点です。
とりわけ、2については、みんなリズム感が悪いとかいうことは全然ないのですよ! 熱心なファンで、どんな曲かとかも知っている上で舞台に登っている人ばかりに見えましたし。
冒頭に引用した本の一節の表現を借りれば、「自由」でないのです。もうほんまに、徹底的に自分が思うように、しっくりくるように試行錯誤をして、体を動かしてきたという個人史が動きに感じられない。
このときはこうするというような感じで、型をなぞるような雰囲気がどうしてもあるわけです。しかもその型は、めいめいが勝手に用意してきたものである感じがある。その証拠に、踊っているみんなの動きがバラバラなのですよ。本当に自分の内側から、こうしたい、こう動くと気持ちが良いという感覚に従って動いていないから、周りの動きに対して柔軟に呼吸があって行かない感じがある。
皆、思い切って踊っているし、たぶんリズム感なども良いのだけれど、周りと合っていない感じ、バラバラな感じ、言葉は悪いけど「浮いた」感じがどうしてもあるわけです。
良く、個性、個性と言われるけど、スローガンとしては、一日本人として耳にタコができるほど聞かされていることなのに、この「個性」を育てていくための試行錯誤の厚み、好きなように、自分自身の感覚を大事にして、しっくりくるように体を動かしたり、言葉を選ぶということを徹底的にしてきたかどうかという点で、もう、大人になるまでの個人史が日本人と欧米人は全然違うのではないかというようなことを、すごく思いました。
一方で、日本人アーティストは、3人以上くらいで合わせて何かをするとなるとすごくキレイに決まる。動きなども自然で思い切りが良く、見ていても心地が良かったり、面白かったりもする。
モーニング娘などを思い出します。
ソロ活動を始めた途端に、グループにいた頃ともう、全然違う。すごく固く、見ていてパッした感じというか花がなくなってしまう。
何というか、どちらが良いとか悪いとかではなくて、人間関係でどう振る舞っていくかという根本的な原理からして違うのではないかと思いました。皆で申し合わせて決まった動き(=型)を決めて、アルゴリズム体操のような要領でパッと決めてしまう。これが日本人向き。
欧米人は、膨大な試行錯誤の上から出てきた動きを、最後の最後でちょこっとすり合わせる。試行錯誤の個人史に厚みがあるから、それぞれの動きにはそれなりに合理性がある。だから、集団で動くときもそれほどバラバラにはならない。
と、このような仮説を立てて見ました。
いずれ変わるかも知れませんが。
2008年08月31日
2008年08月27日
「拍動する度に照らしだされる瞬間像」という体験
(ぶつぶつの続き)
音楽体験におけるようなアクチュアリティの中で、人びとや、動物たち他様々な事物は、密接に絡み合い、連関している。世界の果てに至るまで、その連関の鎖は続いている。
その連関を、私は、無数の瞬間像が重ね合わされ、連なったものとして、つまり、私が生きている限り脈々と続いている拍動の中にあるものとして、すなわち「時間」の体験として感じとる。
時間という拍動が、それが拍動する度に、闇夜を切り裂く雷光がパッと空全体を明るくするようにして、絶えず「瞬間」を浮かび上がらせている。
この拍動が、時間が、すなわち「自分」という主体である。そして、時間が絶えず浮かび上がらせている事物の連関は、もちろん私の身体にも絡み付いている。
私も、この連関における行為主体なのである。
アクチュアリティへの入り口は私という主体であり、身体である。すなわち拍動である。
ぶつぶつ・・
音楽体験におけるようなアクチュアリティの中で、人びとや、動物たち他様々な事物は、密接に絡み合い、連関している。世界の果てに至るまで、その連関の鎖は続いている。
その連関を、私は、無数の瞬間像が重ね合わされ、連なったものとして、つまり、私が生きている限り脈々と続いている拍動の中にあるものとして、すなわち「時間」の体験として感じとる。
時間という拍動が、それが拍動する度に、闇夜を切り裂く雷光がパッと空全体を明るくするようにして、絶えず「瞬間」を浮かび上がらせている。
この拍動が、時間が、すなわち「自分」という主体である。そして、時間が絶えず浮かび上がらせている事物の連関は、もちろん私の身体にも絡み付いている。
私も、この連関における行為主体なのである。
アクチュアリティへの入り口は私という主体であり、身体である。すなわち拍動である。
ぶつぶつ・・
FMを聴きながらぶつぶつ考えていること
楽譜には、音符が並んでいる。
音符のそれぞれは、音の高さと、長さを示している。
ある長さと高さをもつ音符を組み合わせて和音ができ、そこに音を聴いた人は何らかのイメージをもつ。
また、一つの音符ないし和音の前後関係からも、何らかのイメージが生まれてくる。
楽譜に表せないことでは、楽器の音色にもまた、イメージが伴っていて、ある楽器には女性を感じさせられたり、別の楽器には男性や子供を感じたりする。
また、心臓の拍動とか、足の歩みとか、その他の体の動き、鳥のさえずりなども感じとれたりする。
さらには、楽器の奏で方、そもそもどれを、いつ、どこで、どのように弾くかという弾き手の選択の一つ一つにも、人や動物のような人格的なまとまりを感じさせられる。
ともあれ、この、さまざまの人や、動物や、血の拍動や体の動きのような大きなまとまりが、個々の音符や和音やメロディーをまとめあげ、それらに血を通わせ、魂を与える。
だが、結果的に感じ取っているのは、流れる音楽を絶えず紡ぎ続けている人や動物達といった大きなまとまりである。
だから、音楽とは、個々の音という小さな選択に血を通わせている大きなまとまりたち、いわば、霊たちの戯れである。
みたいなことをぶつぶつ考えています。
音符のそれぞれは、音の高さと、長さを示している。
ある長さと高さをもつ音符を組み合わせて和音ができ、そこに音を聴いた人は何らかのイメージをもつ。
また、一つの音符ないし和音の前後関係からも、何らかのイメージが生まれてくる。
楽譜に表せないことでは、楽器の音色にもまた、イメージが伴っていて、ある楽器には女性を感じさせられたり、別の楽器には男性や子供を感じたりする。
また、心臓の拍動とか、足の歩みとか、その他の体の動き、鳥のさえずりなども感じとれたりする。
さらには、楽器の奏で方、そもそもどれを、いつ、どこで、どのように弾くかという弾き手の選択の一つ一つにも、人や動物のような人格的なまとまりを感じさせられる。
ともあれ、この、さまざまの人や、動物や、血の拍動や体の動きのような大きなまとまりが、個々の音符や和音やメロディーをまとめあげ、それらに血を通わせ、魂を与える。
だが、結果的に感じ取っているのは、流れる音楽を絶えず紡ぎ続けている人や動物達といった大きなまとまりである。
だから、音楽とは、個々の音という小さな選択に血を通わせている大きなまとまりたち、いわば、霊たちの戯れである。
みたいなことをぶつぶつ考えています。
2008年06月25日
どうぶつの森にはまる(ゲーム)
3年前、ニンテンドーDSで発売され大ヒットしたゲームですが、これも買ってやってみました。
箱庭風の小さな村の中で、魚や虫を捕ったり、金目のもの拾い集めて売り払ったりして、家を建てるために知らぬ間にたぬきちが組んだ莫大な借金を返す一方、現実の借金とは違って期限がないので、のんびり花を植えたり、前述の魚等を収集・展示して眺めたり、それらの収集状況に従って徐々に増えてゆく村の動物たちとの会話を楽しんだりと、のんびり楽しめるゲームです。
姉が1年くらい前に買ったのに、いまだに毎日やっていると聞いて、そんなに面白いのかと思って俺も買って始めてみたら、ものの見事にはまりました。
昨日も徹夜です(汗)
DSほんま最高です。
タッチペンを使って画面をこする操作をしているだけで妙に心地良く楽しいし、ゲームの方も、プレイステーションほどキレイな映像ではないけれど、細部に制作者の細かい表現や遊び心、親切を感じます。
ニンテンドーDSは近年、俺のようにかつてはゲームを熱心にしていたのに、今ではほとんど興味を失ってしまった古いファン層(30歳から40歳くらい)への売上が伸びてきているそうです。
Wiiにも興味しんしん。操作法が従来のコントローラーから一転、直感的になるだけで、なんでこんなに楽しいのだろうと不思議に思います。
箱庭風の小さな村の中で、魚や虫を捕ったり、金目のもの拾い集めて売り払ったりして、家を建てるために知らぬ間にたぬきちが組んだ莫大な借金を返す一方、現実の借金とは違って期限がないので、のんびり花を植えたり、前述の魚等を収集・展示して眺めたり、それらの収集状況に従って徐々に増えてゆく村の動物たちとの会話を楽しんだりと、のんびり楽しめるゲームです。
姉が1年くらい前に買ったのに、いまだに毎日やっていると聞いて、そんなに面白いのかと思って俺も買って始めてみたら、ものの見事にはまりました。
昨日も徹夜です(汗)
DSほんま最高です。
タッチペンを使って画面をこする操作をしているだけで妙に心地良く楽しいし、ゲームの方も、プレイステーションほどキレイな映像ではないけれど、細部に制作者の細かい表現や遊び心、親切を感じます。
ニンテンドーDSは近年、俺のようにかつてはゲームを熱心にしていたのに、今ではほとんど興味を失ってしまった古いファン層(30歳から40歳くらい)への売上が伸びてきているそうです。
Wiiにも興味しんしん。操作法が従来のコントローラーから一転、直感的になるだけで、なんでこんなに楽しいのだろうと不思議に思います。
2008年06月18日
ニンテンドーDSのファイナルファンタジー3に不満・・
1990年、俺が中学3年生の頃発売されたロールプレイングゲームである。受験勉強に超熱中していたあの頃にどうやって時間を作ってプレイしたのかは覚えていないが、今では全く興味が無くなったファイナルファンタジーシリーズのうち、一番好きだったものだ。去年DSでリメイクされたのを知ったときはほんま胸がドキドキしたものだ。
セーブポイントがないにも関わらずクリアするのに数時間かかるラストダンジョンで、最後のボスにイテこまされて気も狂わんばかりに癇癪を起こしたのも良い思い出だ。
DS買ったら絶対やるぞとずっと思っていたのだが、今になってやっと入手することができた。できたのだが。
・・ダメだ。
古き良き時代のゲームにはいつも見られた、無駄を削ぎ落とした統一的な世界観が、3D(立体)化に伴うリメイクでゴテゴテしている。村やダンジョンの見通しがやたら悪くてしんどい。戦闘の始めと終わりの度に派手なグラフィックを用意するためのものだと思うが、微妙な間があってイライラする。
先日姉にDSをもらって以来、初めてファミコンを触ったときの感動がよみがえるくらいはまっていたDSだが(ゼルダ、マリオなど)、タッチペンを通しての直感的な操作感や上下二つの画面を駆使した演出などがとにかく心地良く楽しくて、新鮮だったのに(たぶんiPodの楽しさにも通じると思う)、あー・・・・なんていうか、大好きだったあのゲームが、ゴテゴテしてストレスフルになって帰って来ている。
すべてタッチペンを使っての操作もできるが、チマチマしていて疲れる。かといって従来の十字キーでの操作も、立体的になったマップを歩き回るにはうっとうしく感じることがある。
ネットでの評判は良いようなので、こう感じているのは俺だけかも知れないし、我慢してやっているうちに気にならなくなるのかもしれない。
が・・もう止めようかなと、頭の中で半分くらい思い始めている。
一緒に買った英語漬けはなかなか・・心地良い。単語を綴るときのサラサラ言う音を聞いていると顔がにやけてくる。こっちの方が熱中できそうだ。
ゲームに何を求めるかも人それぞれかも知れない。
セーブポイントがないにも関わらずクリアするのに数時間かかるラストダンジョンで、最後のボスにイテこまされて気も狂わんばかりに癇癪を起こしたのも良い思い出だ。
DS買ったら絶対やるぞとずっと思っていたのだが、今になってやっと入手することができた。できたのだが。
・・ダメだ。
古き良き時代のゲームにはいつも見られた、無駄を削ぎ落とした統一的な世界観が、3D(立体)化に伴うリメイクでゴテゴテしている。村やダンジョンの見通しがやたら悪くてしんどい。戦闘の始めと終わりの度に派手なグラフィックを用意するためのものだと思うが、微妙な間があってイライラする。
先日姉にDSをもらって以来、初めてファミコンを触ったときの感動がよみがえるくらいはまっていたDSだが(ゼルダ、マリオなど)、タッチペンを通しての直感的な操作感や上下二つの画面を駆使した演出などがとにかく心地良く楽しくて、新鮮だったのに(たぶんiPodの楽しさにも通じると思う)、あー・・・・なんていうか、大好きだったあのゲームが、ゴテゴテしてストレスフルになって帰って来ている。
すべてタッチペンを使っての操作もできるが、チマチマしていて疲れる。かといって従来の十字キーでの操作も、立体的になったマップを歩き回るにはうっとうしく感じることがある。
ネットでの評判は良いようなので、こう感じているのは俺だけかも知れないし、我慢してやっているうちに気にならなくなるのかもしれない。
が・・もう止めようかなと、頭の中で半分くらい思い始めている。
一緒に買った英語漬けはなかなか・・心地良い。単語を綴るときのサラサラ言う音を聞いていると顔がにやけてくる。こっちの方が熱中できそうだ。
ゲームに何を求めるかも人それぞれかも知れない。
2008年04月11日
うち近辺は激戦区?
うちは最寄りの駅が大阪と京都のちょうど中間あたりになる住宅街ですが、巷ではひそかに「イタリアンの激戦区」と呼ばれているそうです。隠れた名店がたくさんあり、調べてみてびっくりしました。
燈台下暗しですね。
次はイタリアンになるかもしれません。>グルメ
ランチやったら千円ちょっとで済むわけやし、一人でうろうろ行ってみてもええかな。
燈台下暗しですね。
次はイタリアンになるかもしれません。>グルメ
ランチやったら千円ちょっとで済むわけやし、一人でうろうろ行ってみてもええかな。
2008年04月07日
先週土曜日はざっくライブ
(mixiより転載です)
先週土曜日に、いつものZACK-BARRANのライブに行ってきました。
KinPouGeというカラオケスナック風のお店で、アットホームな雰囲気の中、いつもよりもかなり激しく演奏されていたように思いました。
音楽はあまりわからない方ですが、ライブに行くといつも、不思議と元気が出てきます。
終了後、店に団体で飲みに来たお客さんの前で、ギターのマンタはんとドラムの要さんが、乞われて「ざっく1/2です」(注:ベースのまえちゃんとボーカルののじまさんは既に帰宅)とか言いつつ一曲演奏しましたが、これもおもしろかった!
「いやはやどうも、わては裏方ですので〜」
という感じでいつも腰の低い感じのマンタはんが、意外や意外、色気のある素晴らしい声で歌い上げるのでびっくりしました。
俺も生まれて初めて、楽器に合わせて舞台で歌ってきました(笑) カラオケとは全く勝手が違い、大変だったけどえらく楽しかったです。
ライブ最高です。
歌詞カードを見ながらというせいもあったかもしれませんが、リズムを合わせるのがすごく難しく、さすがにバンドで歌うのは無理やろうなと思いましたが、お金と時間に余裕ができたら、合唱団等に所属してみるのも面白いかも! と思いました。
先週土曜日に、いつものZACK-BARRANのライブに行ってきました。
KinPouGeというカラオケスナック風のお店で、アットホームな雰囲気の中、いつもよりもかなり激しく演奏されていたように思いました。
音楽はあまりわからない方ですが、ライブに行くといつも、不思議と元気が出てきます。
終了後、店に団体で飲みに来たお客さんの前で、ギターのマンタはんとドラムの要さんが、乞われて「ざっく1/2です」(注:ベースのまえちゃんとボーカルののじまさんは既に帰宅)とか言いつつ一曲演奏しましたが、これもおもしろかった!
「いやはやどうも、わては裏方ですので〜」
という感じでいつも腰の低い感じのマンタはんが、意外や意外、色気のある素晴らしい声で歌い上げるのでびっくりしました。
俺も生まれて初めて、楽器に合わせて舞台で歌ってきました(笑) カラオケとは全く勝手が違い、大変だったけどえらく楽しかったです。
ライブ最高です。
歌詞カードを見ながらというせいもあったかもしれませんが、リズムを合わせるのがすごく難しく、さすがにバンドで歌うのは無理やろうなと思いましたが、お金と時間に余裕ができたら、合唱団等に所属してみるのも面白いかも! と思いました。
ブラジル料理シュラスコ
だいぶ前、食いに行ったブラジル料理についても、忘れないうちにアップしておこうと思います。
石津川という、難波から南海本線で30分ほど行ったところにある、急行の止まらない小さな駅が最寄り駅となります。「セリアハウス」というお店。
その日は、「シュラスコ」という肉料理を食べました。某祝日ゆえの3日間限定のスペシャルメニューで、上記写真のような串刺しにした肉の塊を、ブラジル人の店員さんが持って回り、目の前で切ってくれます。
食べ放題で、ドリンクにデザート、ご飯にスープが付いて、価格は男性が3260円、女性が2960円、子どもが1200円でした。牛肉や豚肉の部位別に確か十数種だったかあり、食べ放題だからと欲張って大きめに切ってもらうと地獄を見ます。俺は地獄を見ました(泣)。
・・まあ、回ってきたものは全部食べなあかんと決まっているわけではないのですが。
確か、オーナーも店員もすべてブラジル人だったと思います。それゆえか味付けは日本のものとはかなり違う感じがし、異国情緒が味わえます。
平日は大皿の一品料理が高くても千円程度、これもかなり量が多いそうで、2人で二品とか頼めば、ドリンクを頼んでも2千円ちょっとで済むかもしれません。休日はコース料理になるそうです。席が少ないので予約をしておいた方が良さそうです。
行ったのはだいぶ前ですが、書いていてまた食べたくなってきました。
2008年03月30日
フランス家庭料理
2007年12月18日
サガ
昔モノクロのゲームボーイで熱中した魔界塔士サガというロールプレイングゲームがダウンロードできるようになっていたので、ついさっきまで熱中。
ゲームボーイで初のRPGだったので喜び勇んで購入したのは中坊の頃だ。
懐かしい。
ゲームボーイで初のRPGだったので喜び勇んで購入したのは中坊の頃だ。
懐かしい。
2007年09月13日
au携帯を便利に使う
携帯をソフトバンクからauに換えて一ヶ月ほどになる。
電波状況がうちでは良くないだけで、おおよそ不満はなかった以前の携帯。しかし、新しいW52SHは、電波状況もいいし、3Gゆえ通信速度も高速で快適、ワンセグまで付いているという状況ながら、いろいろ不満もあった。とりあえず、気づいたことは以下。
●良いところ
1、本体が薄くてかっこいい
2、今のau携帯はすべて、EZアプリがJavaではなく、BREWになっている。そのためか、アプリの実行が軽く、早い。
3、au携帯独特のデータフォルダは、慣れると使い易い
4、カメラも、そもそも数年前の携帯と比べるのが間違いかもしれないが、すごく使いやすい。
5、ワンセグさいこう。
6、液晶ディスプレイがかなりキレイ
●悪いところ
1、他社のau携帯なら付いていることがある、BREW上でJavaを実行するオープンアプリプレイヤーが付属していないため、これまでに開発しやすいJavaで作られた多くのソフト資産が全く使えない(泣) 目当ての表計算ソフトが使えないことを知ったときはほんまに泣きそうになった。
2、メーカーのゲームも、W52SHには対応していないことが「非常に」多い。ドラクエはできたが、同じスクエニのファイナルファンタジーができないのを知ったときはやっぱり泣いた。
3、些細なことだが、目覚ましのスヌーズ機能を使っているときには、メールの閲覧をするような超基本的な操作も含め、あらゆる操作ができなくなる。これも泣ける。
4、これも些細なことだが、以前の東芝製のソフトバンク携帯にはあった、簡易辞書(英和・和英・国語)も付いていない。かなり使っていたので、これもやっぱり泣いた。
ちなみに、姉の買った、東芝製のW53Tでは、上の悪いところは「すべて」問題ない。
某ドラえもんのジャ●アンよろしく姉の携帯を取り上げるわけにもいかないので、何とか今の携帯で、買ってよかったという状況に持って行こうと、ここしばらくいろいろ工夫してみた。
********
まず、辞書については、高速なインターネット通信を生かしてあっという間に解決。っていうか、すごいことになった。通信料については、定額制に入れば、どんなに使っても、4000円程度で済む。
1、まず、携帯用の統合辞書サービスJLogosと契約。月315円で101冊(2007/9/5 時点)の辞書が使い放題というサービスを利用できるようにした。全部書籍版で購入したら130万円を超えるらしい。
収録されている辞書については、法律・経済、自然科学から、人文系まで、ありとあらゆる専門辞典に加え、おそらく一番良く使う国語・英和・和英辞典も通常使用する中辞典クラスのものが収録されている。有名な簡易百科事典マイペディアや、現代用語辞典も収録されていて、かなり使い勝手が良い。
2、パソコン用のサイトであるが、フリーの百科事典サイト、ウィキペディアも使えるようにした。
現在日本語版には約40万件の記事が収録されている。大項目主義、小項目主義で単純比較はできないが、書籍版だと全35巻もある平凡社の世界大百科事典の項目数が約8万だから、40万というのは相当の数であることがわかると思う。英語版のウィキペディアはちなみに200万項目を超えている。
ただ、パソコン用のサイトは、レイアウト制御のためにテーブルを使っていることがほとんどであるため、携帯の画面でみると配置が崩れてぐちゃぐちゃになったり、画像やテキスト量が多すぎて携帯で表示できる容量をすぐに超えてしまうことが多い。
パソコン用のサイトを、携帯で見れるようにレイアウト制御したり、容量を節約したり、分割表示したりして携帯用に変換する制御をプロクシを介して行ってくれるサービスがある。携帯に付属のPCサイトビューワは、重かったり、挙動がおかしかったり、ページの保存ができなかったりで使い物にならないので、百科事典サイトを携帯でみる場合は、このプロクシサービスは必須だと思います。俺が使っているのはファイルシークというサービス。表示される広告がアダルト向けですが、それさえ気にしなければ、すばらしいです。
英語版のサイトには、市販の百科事典を無料で閲覧できたり、語源辞典が見れたり、ときには著作権切れのサンスクリット語の辞典を検索できるサービスがあったりするので、英語を苦にさえしなければ、もっといろいろなことができると思います。
3、アプリ
スクエニのドラクエ1、2をダウンロードして、懐かしさを奥歯にかみ締めつつ、まったりクリアした。20年前のゲームなんだな。すっかりリニューアルされて、画面がすごく綺麗。
だが、上記にも書いたが、ファイナルファンタジーができないのには納得できない(泣)
しばらくは、あといくつかあるドラクエシリーズをしつつ、我慢しようと思う。
表計算ソフトも、携帯ベーシックも、俺のW52SHだとできない。しかし、先日見つけた、プログラム機能付き関数電卓「てくの電卓」が今日からダウンロードできるようになるので、目的は大方達成できるだろう。
携帯換えてほんまに良かった(泣)
電波状況がうちでは良くないだけで、おおよそ不満はなかった以前の携帯。しかし、新しいW52SHは、電波状況もいいし、3Gゆえ通信速度も高速で快適、ワンセグまで付いているという状況ながら、いろいろ不満もあった。とりあえず、気づいたことは以下。
●良いところ
1、本体が薄くてかっこいい
2、今のau携帯はすべて、EZアプリがJavaではなく、BREWになっている。そのためか、アプリの実行が軽く、早い。
3、au携帯独特のデータフォルダは、慣れると使い易い
4、カメラも、そもそも数年前の携帯と比べるのが間違いかもしれないが、すごく使いやすい。
5、ワンセグさいこう。
6、液晶ディスプレイがかなりキレイ
●悪いところ
1、他社のau携帯なら付いていることがある、BREW上でJavaを実行するオープンアプリプレイヤーが付属していないため、これまでに開発しやすいJavaで作られた多くのソフト資産が全く使えない(泣) 目当ての表計算ソフトが使えないことを知ったときはほんまに泣きそうになった。
2、メーカーのゲームも、W52SHには対応していないことが「非常に」多い。ドラクエはできたが、同じスクエニのファイナルファンタジーができないのを知ったときはやっぱり泣いた。
3、些細なことだが、目覚ましのスヌーズ機能を使っているときには、メールの閲覧をするような超基本的な操作も含め、あらゆる操作ができなくなる。これも泣ける。
4、これも些細なことだが、以前の東芝製のソフトバンク携帯にはあった、簡易辞書(英和・和英・国語)も付いていない。かなり使っていたので、これもやっぱり泣いた。
ちなみに、姉の買った、東芝製のW53Tでは、上の悪いところは「すべて」問題ない。
某ドラえもんのジャ●アンよろしく姉の携帯を取り上げるわけにもいかないので、何とか今の携帯で、買ってよかったという状況に持って行こうと、ここしばらくいろいろ工夫してみた。
********
まず、辞書については、高速なインターネット通信を生かしてあっという間に解決。っていうか、すごいことになった。通信料については、定額制に入れば、どんなに使っても、4000円程度で済む。
1、まず、携帯用の統合辞書サービスJLogosと契約。月315円で101冊(2007/9/5 時点)の辞書が使い放題というサービスを利用できるようにした。全部書籍版で購入したら130万円を超えるらしい。
収録されている辞書については、法律・経済、自然科学から、人文系まで、ありとあらゆる専門辞典に加え、おそらく一番良く使う国語・英和・和英辞典も通常使用する中辞典クラスのものが収録されている。有名な簡易百科事典マイペディアや、現代用語辞典も収録されていて、かなり使い勝手が良い。
2、パソコン用のサイトであるが、フリーの百科事典サイト、ウィキペディアも使えるようにした。
現在日本語版には約40万件の記事が収録されている。大項目主義、小項目主義で単純比較はできないが、書籍版だと全35巻もある平凡社の世界大百科事典の項目数が約8万だから、40万というのは相当の数であることがわかると思う。英語版のウィキペディアはちなみに200万項目を超えている。
ただ、パソコン用のサイトは、レイアウト制御のためにテーブルを使っていることがほとんどであるため、携帯の画面でみると配置が崩れてぐちゃぐちゃになったり、画像やテキスト量が多すぎて携帯で表示できる容量をすぐに超えてしまうことが多い。
パソコン用のサイトを、携帯で見れるようにレイアウト制御したり、容量を節約したり、分割表示したりして携帯用に変換する制御をプロクシを介して行ってくれるサービスがある。携帯に付属のPCサイトビューワは、重かったり、挙動がおかしかったり、ページの保存ができなかったりで使い物にならないので、百科事典サイトを携帯でみる場合は、このプロクシサービスは必須だと思います。俺が使っているのはファイルシークというサービス。表示される広告がアダルト向けですが、それさえ気にしなければ、すばらしいです。
英語版のサイトには、市販の百科事典を無料で閲覧できたり、語源辞典が見れたり、ときには著作権切れのサンスクリット語の辞典を検索できるサービスがあったりするので、英語を苦にさえしなければ、もっといろいろなことができると思います。
3、アプリ
スクエニのドラクエ1、2をダウンロードして、懐かしさを奥歯にかみ締めつつ、まったりクリアした。20年前のゲームなんだな。すっかりリニューアルされて、画面がすごく綺麗。
だが、上記にも書いたが、ファイナルファンタジーができないのには納得できない(泣)
しばらくは、あといくつかあるドラクエシリーズをしつつ、我慢しようと思う。
表計算ソフトも、携帯ベーシックも、俺のW52SHだとできない。しかし、先日見つけた、プログラム機能付き関数電卓「てくの電卓」が今日からダウンロードできるようになるので、目的は大方達成できるだろう。
携帯換えてほんまに良かった(泣)
2006年12月30日
太陽・・
先日ゲームボーイアドバンスの「ボクらの太陽」というゲームを買った。このゲーム、ロムカセットの隅に3ミリ四方ほどの「太陽センサー」なるものが付いていて、場面によっては実際日中の太陽の下でプレイしないとゲームが進まないことがある。
これを買った日の深夜、始めて20分ほどで早速行き詰まる。カマン太陽。。
評判の良いゲームみたいだったのでつい買ってしまったが・・。
日もまだ出ぬうちから朝刊を配り、そののちすぐ爆睡。午後3時前に起きて夕刊を配り、終えたころには日もとっぷり暮れている、こんな俺に太陽の下でゲームしろと? なんてこったい。
ゲームを進めることのできるのは日曜日だけかい! いえ、だめです。日曜日はたいてい、日の出ている間はずっと寝ています・・。
もう売る。
売ってMOTHER3買お。
これを買った日の深夜、始めて20分ほどで早速行き詰まる。カマン太陽。。
評判の良いゲームみたいだったのでつい買ってしまったが・・。
日もまだ出ぬうちから朝刊を配り、そののちすぐ爆睡。午後3時前に起きて夕刊を配り、終えたころには日もとっぷり暮れている、こんな俺に太陽の下でゲームしろと? なんてこったい。
ゲームを進めることのできるのは日曜日だけかい! いえ、だめです。日曜日はたいてい、日の出ている間はずっと寝ています・・。
もう売る。
売ってMOTHER3買お。


