2008年11月16日

ノートには4種類ある

1、インプットを形式化する

単語帳の作成、観察データの記入、相手の話したことを箇条書きにするなど、元々は雑然としている事実の一側面を、定まった形式で記録や記憶に残したいときに用いる。


2、アウトプットの手掛かりにする

発表のスライド、執筆時の章や節の構成など、項目を見ればすぐに、話したいことや思い出したいことが明確化できるときに用いる。


3、ワークメモリとして用いる

暗算だと難しい計算の過程を書くときや、複雑なことを整理して書き出して、考え直すとき。


4、人に伝えるために書く

日記や書籍など、赤の他人や、内容を忘れた後の自分のために、ある程度明快でまとまった内容の文章を書くとき。


以上4つの機能はもちろん混在していることもあるが、高校までの授業で用いられたような板書は、たいていそれだけでまとまった、書物のような内容、つまり4である。

主体的に勉強する際必要となる1、2のノートについては、用いていない人も多いのではなかろうか。3も、計算の過程を書く以外で使っている人は少ないように思える。
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2008年10月09日

大学院説明会を覗く

京都大学の大学院説明会を覗いて来た。提出書類の関係で、志願している大学ではないのだが、非常に刺激になった。

臨床心理士の受験資格が得られる指定大学院ということで、比較的仕事に直結した訓練機関みたいなイメージで行ったら、全く違った。研究者の養成が目的といった赴きで、学生が修士過程だけでなく、博士過程に進学することを前提に話が進んでゆく。

研究者としての就職支援に苦労している話とか、国の補助金を使って院生が主体になって取り組むプロジェクトの話とか、海外の大学との連携の話、学費や生活支援の話とか、聞く話は新鮮で面白くはあったが、2つの教室にいっぱいの志願者と一緒に席に座っているのが非常に苦痛だった(笑)

やけど、何か目が覚めました。

とりあえず何年かお金を貯めるのが先やけど、その際の励みにはなりそうです。12月に別の私大の説明会も覗いて来るつもりですが、そちらも楽しみです。
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2008年09月18日

心理系大学院の願書

受験シーズンにはやや遅れた感じですが、片っ端から取り寄せて眺めています。

過去問題を同封してくれる大学も結構あって、すごく参考になる。

英語は対策なしでも大丈夫そうやけど、他が思っていた以上に厳しい。とりわけ厳しいのは「研究計画書」。欲しい某心理士の資格を取るためには指定大学院の修士号を取る必要があるが、大学時代に論文を書かなかったので研究の仕方とか先行研究とか言われるとさっぱりや。

まず学費を稼ぐことから始めるのでこの先何年かは働き詰めやろうけど、ボランティアにせよ何にせよ、実際の現場に飛び込むことも必要そうです。

あと心理学。一応放送大学では一通り学んだんやけど、大方の科目は試験一週間前のやっつけ仕事だったので、ほぼ忘れています。

いわゆる「心理学者」の書いた本は結構読んでいるけど、大学で学ぶと想定されている心理学とはほとんど重なりません。

全く新しいところに飛び込んで行くような感。
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2008年09月08日

朝日選書の中国古典選シリーズが好き

日経新聞の名物連載に、「私の履歴書」いうのがありますが、今月はノーベル化学賞を受賞した野依良治さんです。

京都大学出身ですが、学生時代は京大人文科学研究所に著名なすごい人がたくさんいました、という話があって、桑原武夫さんという仏文学者ほか、俺がmixiのプロフィールに書いている好きな本の著者とも何人か重なっていて、へぇ〜と思ったのですよね。

で、俺が最近知って特に注目している人に吉川幸次郎さんという中国文学者がいはるのですが、その方も、野依氏は大変尊敬してはる様子でした。

俺がなんでつい最近、吉川氏に注目しているかというと、氏は、朝日選書の中国古典選シリーズの監修をしてはるのですよね。で、ご自身も論語等を訳してはるのですが、シリーズにはもちろん、五経の筆頭に挙げられる古典中の古典、『易経』もあります。訳を担当したのは本田濟さんという違う方ですが、この本を今、読んでいるのです。これがほんますばらしいの一言です!

中国語の本文に、書き下し文、そして、現代語訳も含んだ詳細な解説が続いているのですが、この解説がほんまにすばらしい!

本文の一言一句がきちんと、漢文の素養のほとんどない現代人でもわかるように、丁寧に、きちんと意味の通る形で解説されています。

ここまで読者をきちんと見て書かれたような丁寧で本格的な解説を、日本人著者の書いた本で目にすることは滅多にないです(洋書ならたくさんあるけど)。分量は600ページくらいでかなり大部ですが、すべての記述が元の本文を解釈するという一点に焦点が合わされており、冗長な印象が全くないです。

こんな素晴らしい古典シリーズを監修してはったんやないうことで、吉川氏には注目していたのですが、野依さんという理科系の学者先生の自伝的連載で不意にお名前を目にしてえらくびっくりしたのでした。

俺自身は、京大に行けるほど頭は良くなかったけど、読書という点では京大絡みの学者先生の著書にどれだけ助けられたことか・・

読者を煙に巻くような難解な本か、逆に、読む人をナメ切ったような内容の薄い「入門書」が数多い現状の中、こういった本を書かれている方々いうのは日本の良心やと思います。
posted by よっしー at 07:46| Comment(0) | TrackBack(0) | その他教養 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月08日

明日はスクーリング授業(放送大学)

いやはや、もうほとんど趣味なのですが。

放送大学のスクーリング授業は、全国にある拠点の学習センターが企画します。主に近隣の国立大学の先生が講義されることが多いのですが、10年20年と同じテーマを研究している先生の話やから、話がめちゃくちゃ面白いです。

いままで様々な講義を20回近く受けましたが、「つまんねー」と思ったことは一度もありません。

明日は、ドイツの哲学者、イマニュエル・カントの目的論について講義を受けてきます。内容としては、いわゆる三批判の一つ『判断力批判』に対応したものになるようです。

哲学なんて嫌いじゃーと大学時代はずっと思っていたのですが、20歳半ばの頃ふと思い立って、難解で有名な『純粋理性批判』を読んでみたら一気にはまりました。

難しい難しいと聞いていましたが、俺にとっては掘り下げた記述もなしにバラバラのニュースが羅列してある新聞の一面の方がよっぽど読んでいてキツイです。

蓼食う虫も好き好きと言いますが、まさにそれやと思います。
posted by よっしー at 08:04| Comment(0) | TrackBack(0) | その他教養 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月12日

掃除学・・

何でも学をつけたら良いというものでもないです。が、ここ半月ほどほんまに考え込みました。何で俺は掃除ができへんのや、そもそも全く掃除する気になれへんのは何でや・・と。

気付いたこと。

■30分なら30分と時間を決めて、頭を使わず掃除に没頭する

そもそも「掃除ができた」という事態からして突き詰めれば終わりがなく、言語による定義ができないものなのである。

掃除をする前に比べて少しでも埃が少なくなっていたり、机や床に散らばっていた行き場のない物が減っていれば、それは掃除なのだ。

終わりがないから時間で区切るのである。目的がないから、頭を使わないのだ。「掃除ができた」という感覚を頼りに、少しでも多く体を動かすことに没頭した方が良いのだ。


■曜日や日時を決めて、掃除を習慣づける

おい、あんたは掃除したいな、と思うその瞬間まで、掃除を先延ばしにするのか?

「掃除をしたい」という感覚だけを頼りに掃除をするのだとすれば、それはいつでも、早ければ1ヶ月先、俺みたいに鈍感な輩だと1年先のうんざりするほど散らかった部屋を目の前にすることが運命付けられているわけである。

散らからなければ、掃除をする気にならない。散らかったときにはうんざりするほどの慣れない「掃除」という作業が待っている。

「掃除をしたい」という感覚に頼る限り、主観的な体験としては、いつも、掃除という慣れない作業が待ち構えていることになる。

慣れていないから、掃除をせなどうしようもない部屋を放置して、ますます散らかるという悪循環に陥ることもある。

したがって、「掃除をしたい」という主観的な感覚を以て掃除の時としてはならない。

月末にする、とか、週末の午前中に30分だけするとか、時間、場所を特定しなければ、あなたは掃除については既に負け組になるのが運命付けられているのだ。

ぐふっ(←負け犬)。


■日常の心得:要らないものは即座に捨てよ

興味のないダイレクトメール、包装紙等、要らないことが明らかなものは、「絶対に」机や床の上に放置してはならない。

掃除とは定期的にするものである。が、だからといって、掃除をしないときは無自覚に何でも散らかしておいて良いというものではない。

ところで、実際これを実行してみると、案外、捨てて良いかどうかわからないものがあるものである。

そのときは、この先1ヶ月(ないし任意の期間)でこれを使う機会があるかどうかを考えてみると良い。

俺はこの方法でうっかり、確定申告に添付できたはずの年金や保険の納付証明を捨てたことがある。しかし、再発行をして貰ったので結局何のダメージもなかった。

「要らないもの」はなるべく広く定義するのがコツである。

捨てて困る物が思いの外少ないことに、すぐ気付くはずである。


・・と、いうようなことをぐだぐだ考えた7月の上旬であった。
posted by よっしー at 12:26| Comment(2) | TrackBack(0) | その他教養 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月05日

大事なのはこちらの頭の中

ついさっき、予習を完璧にしている夢を見た。

高校の教室に座っている。

俺は、学生時代ほとんど予習をしたことがないのだが、夢では、復習はともかく、予習は完璧にしている。

遠い学生生活を振り返ってみると、教科書や参考書、辞典を見れば書いてあること以外にはほぼ触れることもなく、触れる暇もない授業を聞くことが勉強になるのだろうか? と、思わないでもない。

例えば壇上の教師が40分間話し続けたとしても、話せる内容は、文庫本にして10ページもないと思う。内容にもよるが黙読なら10分もかからない分量である。

不思議と大学の授業が詰まらないと思ったことはほとんどないが、高校までの、テキストの内容をゆっくりなぞる感じの授業が俺は嫌いで嫌いで仕方がなかった。

振り返って思うと、聞いて教えられることよりもはるかに大事なのは、辞書や教科書を手元に置きつつ自分でウンウン頭を使って課題を解くこと、知識を動員して何かに取り組むという思考回路というか運動感覚みたいなものを付けることではないだろうか?

その点、教えられた内容だからとかは関係無しに、語学ならシコシコ辞書を引いて自分なりの解釈を明確にしておく、そしてその際生じた誤解やミスを、講義を聞いて微修正してゆくのが、お勉強の王道ではないかと今では思う。

つまり、大事なのは、間違えているにせよ、何にせよ、こちら側の、自分の頭の中がどうなっているかであって、教師の教え方が上手か否かではない。

教師はただ、英語なら英語、数学なら数学に関する圧倒的な知識や経験があればよい。で、こちら側の「仮の」答えをぶつけると、それをすみやかに微調整してくれる。

このようなやり取り以外に講義という形式の意義はないのではないか、と、ぶつぶつ考えた32のGWであった。
posted by よっしー at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | その他教養 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月15日

面接授業追加登録(放送大学)

今日の朝10時半から受け付け開始、11時抽選とのこと。追加登録は第一次と第二次があり、今回は第一次の登録。

単に申込者が少なくて空いた定員を埋めるのが第一次募集、そして、学費の払い込みがないため空いた定員を埋めるのが、1ヶ月後にある第二次募集ということになるそうだ。

第二次募集で人気科目に空きがでるかどうかは全く予想ができないとのこと。全く空きができないこともあるし、一気に4、5人の枠が空くこともあるらしい。

希望の、そして不本意ながら大人気の臨床心理系の科目は全部取れなかったので追加登録に期待。

昨日、空き状況を聞いたら、なんと、もと京大の教育心理でボスだった、Y先生の授業「ユング心理学の基礎と周辺」に1つ空席があるそうだ。前に一度、学習センター主催の特別講義を聴きにいって、まあほんま世の中にはすごい人がいるもんだと思った方だったのでびっくり。講義が終わった後、講義室いっぱいの受講生から大きな拍手が起こったのがすごく印象的だったものだ。

空席ができたのは、たぶん、どこか堅い雰囲気の名前が功を奏したのかもしれない(追記:定員100人で空き1人やから人気はあるわな・・)

人気が出てしまう危険キーワードは、

(臨床)心理学、カウンセリング、こころ、心、心理、

といったところか。こちらは科目名でなく、「人」を目当てにして行っているので、できるだけ一般にアピールしない名前を付けてもらいたいものだ。

放送大学で主に臨床心理関係の講義をされるのは、毎度、このY先生とK先生のお二人。俺も含め、リピーターがすごく多く、行けば必ず、4、5人は見たことのある人がいる。っていうか、だんだん見たことのあるメンバーばかりになってきている気がする。

俺も同じことを思われているのだろうか・・。

関係ないが、おばちゃんはキャラが濃いので覚えやすい。

個性的、ということなのだろう。

今から抽選に行ってきます。

**********

(追記)
結局抽選に外れて取れなかった。
うーぇー
posted by よっしー at 08:12| Comment(0) | TrackBack(1) | その他教養 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月06日

時間が欲しい

doku.jpg画像貼り付けテスト。最近また、ホームページの更新作業に熱中しております。でもえらく効率が悪いです。もっと頭の回転が速く生まれていれば楽だったのだが。。

でも、かなり楽しくて時間を忘れてしまいます。

ところで2日ほど前、野口悠紀夫氏の『続「超」整理法・時間編』という新書を読みました。初版は1995年。同著者の、「続」でない方の超整理法は大学生だった頃に読んでえらく感動した記憶があるのですが、こちらも読んでいてなかなか面白かったです。

仕事の多くは1週間以上、1年未満くらいのスパンで計画を立てる必要があるものが多いのに、人間の頭はその期間をイメージするのが難しい。だから、手帳を大きな紙に貼って繋げるなりして、時間が視覚的に把握できるようにする工夫が必要だ、とか、いろいろ有益なアドバイスが多かったです。

著者は元大蔵省の官僚だったこともある経済学者で、今でもかなり忙しい生活を送っているようです。その毎日を切り抜けるために得たノウハウだから、読んでいて非常にためになります。

なによりも・・基本的に暇人な俺にも、忙しい人の気持ちが少しでも理解できたのは良かった。
posted by よっしー at 08:52| Comment(6) | TrackBack(0) | その他教養 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする